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越前若狭歴史回廊・別館[観光のふくい

おくのほそ道 (抄)


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序 文

月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。
舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。
古人も多く旅に死せるあり。

予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、 去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やゝ年も暮、春立る霞の空に白川の関こえんと、そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。もゝ引の破をつゞり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより、松島の月先心にかゝりて、住る方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、

  草の戸も住替る代ぞひなの家

面八句を庵の柱に懸置く。



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汐越の松・天龍寺・永平寺

越前の境、吉崎の入江を舟に棹して汐越の松を尋ぬ。 

  終宵嵐に波をはこばせて
       月をたれたる汐越の松   西行

此一首にて数景尽たり。
もし一辧を加るものは、無用の指を立るがごとし。

丸岡天龍寺の長老、古き因あれば尋ぬ。
又金沢の北枝といふもの、かりそめに見送りて、此処までしたひ来る。
所々の風景過さず思ひつゞけて、折節あはれなる作意など聞ゆ。
今既別に望みて、 

  物書て扇引さく余波哉

五十丁山に入て永平寺を礼す。
道元禅師の御寺也。
邦機千里を避て、かゝる山陰に跡をのこし給ふも、貴きゆへ有とかや。


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福 井

福井は三里計なれば、夕飯したゝめて出るに、たそがれの路たどたどし。
爰に等栽と云古き隠士有。
いづれの年にか江戸に来りて予を尋。
遥十とせ餘り也。いかに老さらぼひて有にや、将死けるにやと人に尋侍れば、いまだ存命して そこそこと教ゆ。
市中ひそかに引入て、あやしの小家に夕顔・へちまのはえかゝりて、鶏頭はゝ木ゝに戸ぼそをかくす。
さては此うちにこそと門を扣ば、侘しげなる女の出て、

「いづくよりわたり給ふ道心の御坊にや。あるじは此あたり何がしと云ものゝ方に行ぬ。もし用あらば尋給へ」といふ。

かれが妻なるべしとしらる。
むかし物がたりにこそかゝる風情は侍れと、やがて尋あひて、その家に二夜とまりて、名月はつるがのみなとにとたび立。等栽も共に送らんと、裾おかしうからげて、路の枝折とうかれ立。


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敦 賀

漸白根が嶽かくれて、比那が嵩あらはる。
あさむづの橋をわたりて、玉江の蘆は穂に出にけり。
鴬の関を過て湯尾峠を越れば、燧が城、かへるやまに初鴈を聞て、十四日の夕ぐれつるがの津に宿をもとむ。
その夜、月殊晴たり。
「あすの夜もかくあるべきにや」といへば、
「越路の習ひ、猶明夜の陰晴はかりがたし」と、
あるじに酒すゝめられて、けいの明神に夜参す。
仲哀天皇の御廟也。
社頭神さびて、松の木の間に月のもり入たる、おまへの白砂霜を敷るがごとし。

「往昔遊行二世の上人、大願発起の事ありて、みづから草を刈、土石を荷ひ、泥渟をかはかせて、参詣往来の煩なし。古例今にたえず。神前に真砂を荷ひ給ふ。これを遊行の砂持と申侍る」と、亭主のかたりける。 

  月清し遊行のもてる砂の上 

十五日、亭主の詞にたがはず雨降。 

  名月や北国日和定なき


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種の浜

十六日、空霽たれば、ますほの小貝ひろはんと種の濱に舟を走す。
海上七里あり。
天屋何某と云もの、破籠・小竹筒などこまやかにしたゝめさせ、僕あまた舟にとりのせて、追風時のまに吹着ぬ。
濱はわづかなる海士の小家にて、侘しき法花寺あり。
爰に茶を飲、酒をあたゝめて、夕ぐれのさびしさ感に堪たり。

  寂しさや須磨にかちたる濱の秋 
  波の間や小貝にまじる萩の塵

其日のあらまし、等栽に筆をとらせて寺に残す。


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大 垣

露通も此みなとまで出むかひて、みのゝ国へと伴ふ。
駒にたすけられて大垣の庄に入ば、曽良も伊勢より来り合、越人も馬をとばせて、如行が家に入集る。
前川子・荊口父子、其外したしき人々日夜とぶらひて、蘇生のものにあふがごとく、且悦び且いたはる。
旅の物うさもいまだやまざるに、長月六日になれば、伊勢の遷宮おがまんと、又舟にのりて、

 蛤のふたみにわかれ行秋ぞ