汐越の松
汐越の松 遺跡碑
越前で最初に足跡を残したのが、吉崎に隣接する浜坂の汐越の松で、早速出かけてみる。
北潟湖畔の吉崎は、本願寺第八世蓮如が文明3(1471)年京を逃れ、北陸における布教拠点として御坊を建立した地である。周辺には浄土真宗本願寺派(西)別院と真宗大谷派(東)別院が置かれており、毎年蓮如忌に参詣者であふれることで知られている。御坊跡地には蓮如像が建立されており、出かけたおりには是非とも見ておきたいスポットである。
『おくのほそ道』には
「越前の境、吉崎の入江を舟に 棹して、汐越の松を尋ぬ
終宵嵐に波をはこばせて月をたれたる汐越の松 西行
此一首にて、数景尽たり。もし一弁を加るものは、無用の指を立るがごとし」とある。
芭蕉は、この時代には西行の作と思われていた(実際には作者不詳、吉崎に関係の深い蓮如との説もある)句に心を惹かれ、吉崎を参詣し、渡し舟で浜坂に渡ってきたと考えられる(江戸期は吉崎と浜坂は陸路で繋がっていない)。
汐越の松とは、浜坂の芦原ゴルフ場の9番ホールの海外沿いの砂丘上に在った松林のことで、この付近はかつて景勝の地であった。江戸期の地誌によれば50~100本ほどあったとされる。現在も松林は在るが、往事の古木は枯れ、「汐越の松跡」として残され、その横に「遺跡碑」が設置されている。幸いなことに「汐越の松」として伝承されていた古木の写真は複数現存している。
ゴルフ場のクラブハウス前には、昭和59年芦原温泉の開湯百周年記念事業として、当時の芦原町(現あわら市)によって幅は2mを超える「汐越の松文学碑」も建立されている。
なお、遺跡碑はゴルフ場受付に申し出れば見せてもらえるが、迷惑にならないようゴルフ客が少ない日に訪ねるよう配慮したい。
【吉崎/汐越の松付近】